1954-12-18 第21回国会 参議院 外務委員会 第3号
あの千島列島をヤルタ協定によつてソヴイエトの占領に帰着しておるのである。勿論あのときの事情からアメリカやイギリスあたりが皆承認してやつたので、ソヴイエトにひとり責任があるわけじやないから、だからそれをどうこう言うわけではないし、そんなことを言つても始まらない話であるけれども、併し日本の国民感情から言つたら、あれは当然重大な問題になつておる。
あの千島列島をヤルタ協定によつてソヴイエトの占領に帰着しておるのである。勿論あのときの事情からアメリカやイギリスあたりが皆承認してやつたので、ソヴイエトにひとり責任があるわけじやないから、だからそれをどうこう言うわけではないし、そんなことを言つても始まらない話であるけれども、併し日本の国民感情から言つたら、あれは当然重大な問題になつておる。
みずから、アメリカが賛成しないならば、自分自身モスクワに行つてソヴイエトの最高責任者と話をしたい。」こういうふうに言われている。どうか日本の首相吉田総理も、独立日本国民の最高の責任者として、全国民の生命と財産との信頼を託されておるかたとして、この際、日本国民に向い、且つ又アメリカに向つて、独自の見解を披瀝して頂きたいと思うのであります。(拍手) 〔国務大臣吉田茂君登壇、拍手〕
アメリカがすでに勝敗がきまつておりましたのにもかかわらず、人道に反する残酷な原子爆彈を日本に投じましたのは、これによつてソヴイエト及び中国その他の人民、国家に対して、大きな威圧を加えようとする目的であつたことは、誰知らぬ者もない事実なのであります。
それが最近米ソの対立が激しくなつて、ソヴイエトはただでもらつたように思つたのに、それを全部金額に見積つて返せというようなことになつたりいたしまして国際的な紛争も招いていますので、一つこの点はつきりと我々が十分情勢を判断するに足るような資料をお願いしたいと思います。
我が国におきましても多くの責任があるわけでありますが、この二つの政策、ソヴイエト封じ込み政策がずつと締め上げられて行つて、ソヴイエトが戰わずしてアメリカに宥和政策をとりまするなら私は過ちがないと思うわけでありますが、若し誤つて日本がとつたような政策をとるといたしましたら、辻に第三次世外大戰への破局的な段階になつて、米ソ両勢力の間に挾まれた日本はそういうような羽目に陷り、アメリカの世界政策の一環としてこの
そしてトルコが現在ソヴィエトと陸続きでありますが、トルコは再軍備の費用のために国民生活が非常に困窮いたしまして、そして却つてソヴイエトの脅威よりも国民生活の破壊の脅威のほうが大であるとさえ言われているわけであります。そこでトルコにおきましては非常に重大な法案が現在トルコの国会にかけられているわけであります。
従つてソヴイエトが拓否権を発動してこれは承認できない。そうしてアメリカはその後この基礎決定に力を入れて南だけで選挙を強行したというような不幸な歴史が今日に至つて解決していない。
先ずその第一番は、例えばロシアが凍らない港を求めまして東漸いたしました際には、我が国を支持いたしまして、そうして我が国の力によつてソヴイエトの東漸を防ぐ、このためにセオドル・ルースヴェルトは日露職印の調停をいたしまして、我が国を支援いたしましたことは御案内の通りであります。
従いまして、二十二條の解釈をさように狹く必ずしもする必要はないのであつて、ソヴイエト連邦との連合国対日本の紛争ということにならなくとも、この平和條約の解釈に関する日本側の領土権確認に関する提訴というようなことをやる余地はないのか。この点についていま一応御見解を伺いたいと存じます。
○須藤五郎君 あの二日に非公式ではあるけれども、衆議院の代議士が、各党の代議士が四十名ほど集つてソヴイエトの通商関係の人と向うで会つておるわけなのです。その結果ソヴイエトはトン十ドルで売るという申出があつたようであります。
日本の場合におきましては全部の捕虜の処置は済みまして、従つてソヴイエト自身も済んでいると申しておるのでありまするが、日本の立場から申しますると全部は済んではいるが、ソヴイエトだけが残つているという問題になつているような状態であります。
私は事実を事実として申述べたのであつて、過去においてソヴイエトが不可侵條約若しくは中立條約を侵して、そうして侵略をいたしたという事実を事実として申したのであつて、その事実を申したからと言つて、ソヴイエトを侮辱するとか、或いは讒謗するとかいう考えは毛頭ない。それは事実を事実として申しただけであります。
そういたしますならば、これは世界平和の見地に立つて、このポツダム宣言に参加したのであつて、ソヴイエトに関しては私はこのポツダム宣言に日本が束縛されないのじやないかというような一つの疑点を持つている者なのであります。それはどういうことかと申しますならば、一九四五年の御承知の通り八月八日に、日本に対してソヴイエトは一方的に宣戰を布告した。
日本の軍閥のために満洲で身命を賭して職つて、ソヴイエトに捕虜になつて帰つて来た者の就職を拒否する、そういつたことが民主主義か。(「それは一部の特定政党の扇動をやつた者だ、帰還者全部じやない」と呼ぶ者あり)これは統計にも明らかな通り、帰還者の就職率はわずかに二二%にすぎない。帰還者がどういう状態にあるか。はたしてこれが民主主義か。われわれはそういう点を反問したい。
○証人(高山秀夫君) いろいろと各証人から当時の状態について意見がありましたが、これについて自分の考えを申上げますと、入ソ当時将校共は、我々は敗戰ではない、停戰によつてソヴイエトに来たものである。従つて日本に帰るまでは軍隊編成のままでなければならない。軍隊は言うまでもなく天皇の命令によつて任命されたものであるからして、肩章を外すことはまかりならぬ。
従つて、ソヴイエトから定量が配給されても、将校にごまかされる、皆非常に腹を空かしておる、そういうような状況下にあつて、特に奥地不便なところにおいて、送輸が跡絶えるというような所においては、或いは蛙を食つたり、蛇を食つたところがあるかも知れません。我々はこれを決して否定するものではありませんが、要するに定量が全然我々の手に渡らなかつた。それを毎日全部ごまかしたかというと、そうではないのです。
○中野重治君 ソヴイエト内の收容所内での生活の中で、機械を廻せばラジオ放送によつてソヴイエト内に残つている人々から日本にいるその家族に元気である、近いうちに帰るというふうな放送がなされておつたのですが、こういうラジオ放送を日本の放送局を通して一般の家庭の人に分るようにという要求が国会でも出されましたが政府はそういう措置を講じなかつたのですが、そういうようなことがソヴイエトの收容所内で帰りたい人々に分
そうしたところにおいて初めていわゆる幹部が糧秣をごまかす、作業もいわゆる過重に我々に強いることによつてソヴイエト側の歓心を買い、自己保身を努めようとしておる眞実を我々は知つて、そうしてそこにおいて初めてそのようないわゆる働きたくない、他人に働かして、そうして自分達が將校室においていわゆるうまい物を食い、碁や將棋や麻雀をやつて遊んでいるような者はそうした收容所に行つて貰つた方がいいというので、外の收容所
○北條秀一君 それは米ソの協定によりまして、ソヴイエトに抑留されておる人達を日本に還す、但し自由意思によつてソヴイエトに残る人はこれは別だ、こういう協定があるわけです。その協定にもありますように結局残る人の方が少いわけです。自由意思によつて残る人の方が少ないわけですから、その方を私は厚生大臣が認定する方がより法律の精神を生かせるというような……。